雑学

三国志の正史と演義の違いとは?そしてもう一つの三国志を大紹介

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私が高校生の頃、テレビゲームで三国志が発売されて大流行したことがありました。

私自身もご多分に漏れずゲームにハマって、それ以後マンガ、小説へと移行して行きました。関羽、張飛、趙雲らの大活躍は血湧き肉躍る痛快なシーンばかりですよね。

あなたは三国志の登場人物では誰が好きですか?関羽や趙雲ですか?それとも諸葛亮?渋いところで「馬岱!」なんて人もいるかもしれませんね。

でもこの三国志って正史と演義で細部が違ったりします。正史と演義の主だった違いを紹介することにしました。また逆に大きな流れは同じですので、共通するあらすじもご紹介します。

ついでに正史でも演義でもない、「闇に葬られた真の歴史」もご紹介しちゃいます。是非最後までお付き合いください!

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正史と演義の違いとは

上に書いたように、正史と演義のざっとした流れは同じなのですが、細部が異なります。以下、演義で創作されたと言われているところを一覧にしました。

赤壁の戦い関連

  • 呉の国内で重臣が論戦を戦わせるとき、諸葛亮が主戦論で和睦論をねじ伏せる場面は演義の創作
  • 諸葛亮の祈祷で東南の風を吹かせるのは演義の創作
  • 連環の計は演義の創作
  • 曹操の退却時、関羽、張飛、趙雲らの伏兵に遭って逃げ惑うのは演義の創作
  • 呉の周瑜が諸葛亮をおそれて殺害計画をたてるのは演義の創作

蜀の北伐関連

  • 諸葛亮が魏延に謀反の相ありと見て殺害を企てるのは演義の創作
  • 一次北伐で諸葛亮が司馬懿と交戦するのは演義の創作
  • 一次北伐で諸葛亮が空城の計を用いるのは演義の創作

その他

  • 桃園の誓いは正史には見られない
  • 董卓配下の華雄を討つのは正史では孫堅、演義では関羽
  • 長坂橋で張飛が橋の上で一騎で敵を追い払う場面は、正史では落とした橋の対岸から叫んだ

演義では物語を面白くするために、実際は最も弱かった蜀を魏や呉と互角に渡り合ったように見せる必要があったと思われます。

そのために「大軍師・諸葛孔明」というキャラクターを立て、神がかり的な手腕で次々と計略を成功させるストーリーになったんじゃないでしょうか。諸葛亮の活躍に関する事柄は殆どが創作と考えたほうが良さそうですね。

続いて正史と演義に共通するあらすじを見てみましょう。

三国志のあらすじ紹介

日本で一般に言われている三国志は「三国志演義」を指します。これは「正史三国志」を元に作られた創作物ですが、「演義」も「正史」も大きな流れは同じと言って良いので、そのあらすじを紹介します。

冒頭~董卓の台頭
漢王朝の力が弱まり、宦官・外戚が権力を手にする

張角が太平道を組織し、黄巾の乱が起こる

劉備、関羽、趙雲が桃園の誓いを立てる

三人で黄巾の乱平定に参加、乱は鎮圧される

董卓が少帝を廃して幼い霊帝を擁立し実験を握る
反董卓連合~官渡の戦い
袁紹、孫堅、曹操らが反董卓連合軍を結成するが内輪もめで解散

王允が呂布を使って董卓を暗殺

その王允も殺害され、呂布は逃亡

曹操、黄巾の残党を配下にして勢力を拡大

曹操、呂布を討伐

劉備と張飛は袁紹のところへ。関羽は曹操の配下となる

官渡の戦いで曹操が袁紹を破る

袁紹は病死の後袁家は滅ぶ。曹操による北方の統一完成
三顧の礼~赤壁の戦い
劉備ら三人は劉表のところに身を寄せる

徐庶から諸葛亮の話を聞く

劉備、三顧の礼で諸葛亮を軍師に迎える

曹操が荊州に攻めてくる

劉備、諸葛亮を孫権のところに派遣して同盟を結ぶ

劉備、孫権連合軍が赤壁で曹操軍に勝利する
天下三分の計~漢中王
劉備、荊州を手にした後、諸葛亮の進言に従って西方の領土へと侵攻

益州の劉璋が北の張魯と対立中、劉備が劉璋に加勢

劉備、どさくさ紛れに益州を奪取

劉備、勢いづいて北の漢中を曹操から奪取

劉備、漢中王を宣言する
関羽の死~夷陵の戦い
関羽、曹仁と呂蒙の連合軍に破れて荊州を失い、処刑される

曹操病死、曹丕が後を継ぐ

曹丕、漢の献帝から禅譲を受けて帝位につく。後漢は滅亡、魏王朝の始まり

劉備、帝位についたことを宣言。蜀王朝の始まり。

劉備、関羽の弔い合戦を強行

張飛が部下に暗殺される

劉備、夷陵の戦いで呉に敗走、その後病死
出師表~蜀の滅亡
劉禅、蜀の帝位につく

諸葛亮の南蛮平定

諸葛亮、劉禅に出師表を提出、魏との戦いに赴く

孫権、帝位につく。呉王朝および三国鼎立の始まり

諸葛亮、五丈原にて陣中で病死

姜維、諸葛亮の遺志を継いで魏と戦う

司馬懿、魏でクーデターを起こして実験を握る

魏の鄧艾、蜀へと侵攻。劉禅の降伏により蜀は滅亡。

ところで、実は三国志には、知る人ぞ知るもう一つのストーリーがあったってご存知でしたか?

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闇に葬られた歴史「反三国志」!

「反三国志演義」とは、中国の新聞で1920年代に連載された物語です。筆者の周大荒という人物が古書店で「三国旧史」という古書を発見し、それを演義ものとして小説にして発表しました。

周大荒が発見した「三国旧史」には正史三国志にも記されていない、王朝の交代で闇へと葬られた真実の歴史が書かれていた、とされています。筆者の周大荒は正史も、ましてや演義も偽物だと主張しています。

実はこれらのエピソードはすべて物語を面白おかしくするための「設定」です。一見いかにも本物っぽい触れ込みで、1991年に日本語訳が講談社から発売されています。

蜀バンザイなストーリー

以下、反三国志の主だったところを列記します。

  • 最終的に中華を統一するのは蜀。蜀が魏と呉を滅亡に追い込む
  • 徐庶、龐統といった途中で劉備の元を去ったり死んだりした軍師も最後まで活躍
  • 魏・呉の主だった武将たちは討ち死に、事故死、自死
  • 赤壁の戦いはない
  • 司馬懿が諸葛亮に鉄砲で討たれる

などなど、演義のファンにとっては噴飯モノとも言える荒唐無稽なストーリーが展開されます。蜀の軍師や武将が大活躍して天下を統一するので、蜀ファンの人には楽しめる内容かもしれませんね。

まとめ

いかがでしたか?三国志のあらすじについて、あなたの疑問解消のお役に立てたでしょうか?以下にまとめておきます。

まとめ

  • 正史と演義の主だった違いを紹介しました。
  • 正史三国志と三国志演義に共通する大まなかあらすじを紹介しました。
  • 1920年代に書かれた架空戦記小説である「反三国志」という物語も存在します。

三国志はマンガやゲームでも大人気ですので、こうした知識を踏まえておくとまた違った楽しみ方ができるかもしれませんね。最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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