雑学

干支の漢字はなぜ普通と違う?動物を当てはめた本当の理由はコレ!

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子、丑、寅、卯…の十二支は東アジアを中心としていろんな国に存在する文化だそうです。

中国、日本、韓国などだけでなく、東ヨーロッパのベラルーシあたりにもあるそうですよ。

でも十二支ってなんだか変な気がしませんか?なぜ「鼠」ではなく「子」って書くのか?考えてみると全て普通の漢字とは異なる字が当てられています。

私は子年の生まれですが、これを「鼠年」なんて書く事はありません。誰もが子年、丑年、という表記を当たり前のものとして受け入れています。

でも冷静に考えるとやっぱりおかしいと思いませんか?考えれば考えるほど、なんだか合理的ではないような気がしてきます。

そこで干支の漢字の由来について調べてみるととても興味深い事実をたくさん発見できました!

この情報をシェアしたいと思いますので、最後まで是非お付き合い下さいね!

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干支の漢字の由来

干支(十二支)の漢字が通常と異なるのは次のような理由があります。

  • 本来は植物の成長過程を表す漢字を用いて太陰暦の12ヶ月を数えた
  • 覚えやすいようにそれぞれの漢字を身近な動物に当てはめた
  • 動物を表す漢字と干支を表す漢字の2種類が存在することになった

以上のような過程を経て十二支の漢字は通常使われるのとは別の漢字を用いるようになったと言われています。

元来、中国を中心とするアジア圏では月の満ち欠けの周期を利用して暦を数える太陰暦を用いていました。そして月の満ち欠けはおよそ29.5日の周期のため、1年で概ね12回の満ち欠けを繰り返します。

当然、近代以前においては農作物の管理が国家的な重要事項であり、通常はそれぞれの季節において作物がどんな様子なのかを周知徹底しておく必要があります。

だから1年を12ヶ月として、それぞれの周期に植物の成長の過程を当てはめたんですね。

それでは子、丑、寅…と続くそれぞれの漢字には本来どんな意味があるのかを続いて見ていきましょう。

干支の漢字の元の意味

前述のように、干支で用いる子、丑、寅…といった漢字は元々は植物の成長過程を表す漢字でありました。それぞれの漢字の意味を一覧にしましたのでご覧下さい。

増える。植物が子孫を残そうとして種子を宿す時期。旧暦11月、現在の12月~1月。
曲がる、ねじる。植物の芽が出始めるがまだ地表には到らない時期、旧暦12月、現在の1月~2月。
伸び上がる。植物が生長を始める時期。旧暦1月、現在の2月~3月。
盛んに繁る。植物が若葉を茂らせる時期。旧暦2月、現在の3月~4月。
動いて伸びる、整う。植物がグングンと成長をする時期。旧暦3月、現在の4月~5月。
子宮に胎児を宿す。植物の種子ができはじめる時期。旧暦4月、現在の5月~6月。
上下が交差する。植物は成長から衰退へと逆転を始める時期。旧暦5月、現在の6月~7月。
いまだ。植物に果実ができ味がつき始める時期。旧暦6月、現在の7月~8月。
手を伸ばす。植物の果実が成熟して堅くなっていく時期。旧暦7月、現在の8月~9月。
酒の壺。収穫した果実から酒を造る時期。旧暦8月、現在の9月~10月。
滅びる。植物が枯れ始める時期。旧暦9月、現在の10月~11月。
閉ざす。新たな種子が植物の中で閉ざされている時期。旧暦10月、現在の11月~12月。

このように、それぞれの漢字の意味は私たちの持っている季節のイメージと概ね一致していると言っても良いのではないでしょうか。

さて、それではこれらの漢字を動物に当てはめた経緯を詳しく見ていきましょう。

十二支に動物を当てはめた理由

十二支に動物を当てた理由は、前述のように「覚えやすいように身近なものに当てはめた」というのが主な理由だったようです。

実は動物でなくともよかったのですが、自然がごく身近だった古代においては12種類のもので統一かつ覚えやすいものとするなら動物が一番だったのかも知れません。

そんな十二支を定めたのは紀元前1,600年~1,000年頃の古代中国です。この時代は殷王朝にあたり、考古学で存在が確認されている中国最古の王朝ですね。

ところで、時代劇などを見ていると「丑の時」とか「子の刻」等という言葉をしばしば耳にします。近代化以前には干支がどのように使われていたのかもついでに見てみましょう。

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干支で表されていたもの

干支は正しくは「十干十二支」と言い、「甲、乙、丙…」と「子、丑、寅…」との組み合わせのことです。

古来、この干支を用いて次のようなものを表現してきました。

  • 時刻
  • 方角

以下、それぞれについてさらに詳しくご紹介していきます。

干支で暦を表していた

暦を十二支で表現する手法は、中国の戦国時代に始まりました。当時はおよそ12年で1回の周期で公転する木星の運行を基準としていました。つまり12年で最初に戻っていたんですね。

その後、漢の時代になるとこれに改良が加わりました。十干と組み合わせることで60年の周期で暦を数える事が可能となりました。

現在でもこの60年周期の干支は私たちの生活に根付いています。

例えば阪神甲子園球場は「甲子(きのえね)の年(1924年)」に完成したことからこの名前が冠されることになりました。また「丙午(ひのえうま)の生まれ」などという言葉も耳にすることがあります。

十干十二支が60年周期になる理由についてはこちらの記事に詳しく紹介しましたので、合わせてご覧下さい。

時刻も表現できた

近代以前の中国や日本では、暦と合わせて時刻も十二支を利用して表現してきました。この時刻計測法を「十二時辰」と呼びます。

現在の深夜0時を基準とし、その前後1時間ずつを「子の刻」、2時の前後1時間ずつを「丑の刻」などと当てはめたんですね。

すると太陽が南中する12時の前後1時間ずつが「午の刻」となります。そのちょうど中心が「正午」となり、それ以前が「午前」、以後が「午後」となります。これらの言葉はまさに私たちの生活にも根付いていますね。

方角への応用

近代に到るまで、暦や時刻と同様に十二支を用いて方角を表現していました。

上のイラストにあるように、「子」が北、「卯」が東、「午」が南、「酉」が西を表していました。

この方位の表現も現代に生きています。

例えば地球儀を見ると、北極と南極を結ぶラインを「子午線」と呼びますね。北と南を結ぶ線だから「子(北)午(南)線」という訳です。

また縁起や風水の話では、「丑寅は鬼門」などという話も聞かれます。ここで言う「丑寅」とは丑と寅の間の方角で、北東を指します。

方角を表現する方法は十干や陰陽五行説との組み合わせで24の方位を表すようになりましたが、複雑になりすぎるのでここでは割愛させて頂きます。

まとめ

いかがでしたか?十二支って本来は動物とは全く関係なかったんですね。誰かが十二支に動物を当てはめたんでしょうが、その人の発想次第では例えば植物なんかを当てはめていたかも知れませんね。

そう考えると物事の歴史って、実は意外と大きな理由もなく決まったものが受け継がれてきているのかもって考えると興味深いですね。

それでは今回の記事の内容をおさらいしておきましょう。

まとめ

  • 十二支の漢字は元は植物の成長過程を表していました。
  • その後覚えやすいように身近な動物を当てはめ、いわば「当て字」の様になったものが定着しました。
  • 十二支と十干の組み合わせで60年の暦を表現してきました。
  • 十二支は時刻を表す「十二時辰」という計測法にも用いられました。
  • 十二支は方角を表すのにも用いられました。後に十干や陰陽五行と組み合わさり24の方角を表しました。

古くから伝わる干支が今の私たちの生活にも息づいているあたりも凄いですね。いつかそのことについてもっと深く調べてみようと思っています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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